

いつもそこに「いる」ということ
ここのところ、近い身内が亡くなるなど公私ともに色々ありまして、様々に思うことがありました。 あったことについては詳しく語るつもりはありませんが、思ったことについて語りましょう。 私たちは何かに対していつもそこに「いる」、もしくは「ある」ことを無意識的に期待して生きています。 そりゃ当然です。期待していない場合は目の前のコップ1つ手に取ることはできないでしょう。 目の前に手を伸ばした時にコップが「ある」ということを期待しているからその行動を起こせるわけです。 では、期待が裏切られた場合は? 当然狼狽するでしょう。あるいは自分の認識が歪んでしまったと思う人もいるでしょう。 だまし絵なんかいい例ですね。 しかし一度抱いてしまった『いつもそれがそこに「いる」、もしくは「ある」』という期待は、 なかなか手放すことはできません。 ここに「過去に縛られる」という言葉が出てきます。過去を乗り越えねば次には進めません。 期待を手放せない状態はある意味過去に縛られた状態です。 常日頃、漫然とした無意識下の「期待」を抱き続けて生きていると、 時たまその期待