音楽って必要?

 久々の「こぼればなし」になってしまいました。

ここのところ猫も杓子も「新型コロナウイルス」についての話題が尽きません。

 地域にはよりますが緊急事態宣言が発令され、様々な業種の方々が自粛をしています。

 その中で世論から真っ先に自粛を求められたのが「コンサート」。考えれば、

「密集」「密接」「密閉」の三つを満たす非常にわかりやすい例だったために、

槍玉に上げられたのでしょう。プラスして、禁止しても市井の人々の生活にはさほど影響しない、

一種の「娯楽」「趣味活動」として見られたからこそ、世間の風当たりも余計に強くなったのでしょう。

 さてここで考えると、こういった事態に「音楽家」、あるいは「芸術家」はほとんどの場合無力です。

原因療法的な活動はほぼ不可能と言えるでしょう。それは当たり前です。

音楽を聴いたからと言ってお腹が膨れることはありませんし、

病気が治ることも(これについては後述します)基本的にはありません。

 音楽は社会において「対症療法」的な立ち位置にいると考えます。

それはすなわち原因を取り除いたりすることはできないが、生活の質を上げたり、悪循環の防止であったり、「表面的な事象に対して各個物事を処理していくこと」ならできる、ということです。

 感染症が流行し、今すぐ社会として対応せねば市井の人々の命が危ないという

いわゆる「急性期」の状況においては、「対症療法」より「原因療法」が求められるのは明らかです。

日々増える感染者数に怯え、政府や自治体の対応について

あーでもない、こーでもないと無責任な喧々囂々とした発言が飛び交う今日ではまだ、

そのフェーズから完全には脱却できていないと考えられます。

 しかしながら先日の「シンニチテレワーク部」の活動などに見られるように、

音楽家も日々様々な形で自分たちの音楽を人々に届けようとし、それが少しずつ皆さまにも

届いているようです。こういった活動は度重なる自粛要請で失われた娯楽を補う、

ひとつの選択肢になりうると確信しております。

 また音楽でもって病気を治すことはできませんが、心の栄養にはなり得ます。

「音楽療法」という言葉はありますが、それそのものが病巣に直接効くわけではなく、

「病は気から」の「気」の部分を補ってくれる、というそれだけのことなのです。

 しかし感染症騒動の慢性期を乗り切るために大事なのはその「気」の部分です。

この機会にぜひ、様々な音楽・芸術に触れてみてください。

 あなたの心の食材、いろんな種類があります。

今こういう事態になってオンラインで手に入る食材の種類が増えてきました。

(そしてもちろん、対価がいただけるならこれほど良いことはありません)

 そしてこの騒動が収束したら、ぜひ皆さまにはコンサート会場に足を運んでいただき、

生の音圧、包み込まれるような音のシャワーを直接、思う存分、浴びていただければ幸いです。

(写真:インドネシア・バリ島の曙光 2017年3月撮影)

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